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理学療法学科・最新情報!

沖縄リハビリテーション福祉学院・理学療法学科の様々な情報をブログで発信!!!
卒業生紹介:兼島広樹
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     沖縄県内で活躍する本学院の卒業生を紹介しましょう。
    南風原町にある沖縄第一病院に勤務する昼間部7期卒業生の兼島広樹氏です。
     他の医療系国家資格を持っていて理学療法士を目指し本学に入学する学生は少なくありませんが、兼島君もその一人です。彼は鍼灸師として関東で経験をつんで帰郷し本学に入学しました。彼はどちらかというと頭よりも身体の方をたくさん鍛えてきた人物のようでしたが、努力の結果、ストレートで卒業し沖縄県内にいる7期生の中でも中心的な存在として活躍しています。以下に彼が書いてくれた病院と自分自身の紹介記事を掲載します。

    沖
               【沖縄第一病院全景】
     病院紹介
     現在、私は医療法人信和会 沖縄第一病院リハビリテーション科にて勤務しています。当院は透析専門病院から拡大し、内科・外科・整形外科・耳鼻咽喉科・小児科・泌尿器科のある入院158床の病院です。もとは慢性期中心の病院でしたが、現在は亜急性期〜慢性期・在宅期までを幅広く診ています。今の御時世において、救急病院の多忙さから救命処置後、すぐに当院へ搬送されてくる患者様もいらっしゃいます。急性期の患者様も増えており、人工呼吸器の患者様が常に10名〜15名ほどいる状況です。
    リハビリテーション科おいては、脳血管リハ機Ρ親梓錺螢廊機Ω撞朶鎰機δ冥螢螢蓮λ問リハの施設基準を取得しています。現在PT13名 OT7名 ST4名 助手4名 合計28名 のリハビリテーションスタッフが在籍しています。各病棟・外来・地域においてそれぞれチーム編成し、それぞれチームリーダーを中心にDrやNrs他のコメディカルと連携し訓練しています。また専門性を失わない様に、PT・OT・STの主任クラスをアドバイザーとして置き、スタッフの訓練や評価の相談に乗ってもらい質を高めています。チーム毎のカンファレンスを行い、それぞれが専門職の立場で意見交換してもらっています。
    沖
        【沖縄第一病院リハ科スタッフ】
      現在の私
    現在、私は医療法人信和会 沖縄第一病院リハビリテーション科に勤務するとともにリハビリテーション科科長の役職を頂いて、仕事をしています。PTの仕事としては通所リハビリテーションの分野にて働いています。さらに病院全体のリハビリテーション部門の企画・運営はもとより同法人の老人保健施設おおざと信和苑のフォローも行っています。病院の理念や方針の範囲からずれない中で、リハビリテーション分野をしっかりとアピール出来るように方針をたてています。急性期〜維持期までを網羅するリハビリテーションやチーム医療の現在、他専門職との連携 地域への啓蒙活動 等 様々な分野をPT13名 OT7名 ST4名 助手4名 合計28名の仲間と実践出来るように日々努力中です。病院からの指示待ちではなく、スタッフ皆でどうしていきたいかを考え、病院へ提案していくことを常とし しかし無理はしない様にすることを考えて仕事をしています。しかし最終的には、「患者様の喜ぶ顔がみたい」「我々に診てもらってよかった」この2点からはぶれない仕事をするように心に秘めて現場に立っています。役職は上から押えこまれ、下から突き上げられ厳しい選択を迫られる事が多いですが、スタッフに支えてもらいなんとか仕事になっていると感謝しています。患者様に喜んで貰えたときの笑顔を忘れないうちは、この仕事をしていられると自負している今現在です。

      学院生活の思い出
    私は、沖縄リハビリテーション福祉学院を7期生として卒業しました。鍼灸師の資格を持ち現場経験もある中での学院生活でした。学院では自分の知識のなさを実感し、厳しく指導して頂いたおかげで今の自分があります。学院に入るまでは、自分だけの視野しか持ち得なかったのですが仲間・チームとの連帯責任を学びました。さらに自分の限界を知り、自分の視野の狭さを知りへこんでばかりいた事を思い出します。その時に仲間がいたから今の自分がいて、御指導下さった先生方がいて今の自分がいると実感しています。単に学問を学ぶだけでなく医療人として必要な事を学院生活で学んだ気がします。学院では覚える事が多すぎて四苦八苦しながらも、自分の興味ややりたい事が徐々に見えてきて、やりがいも持つ事が出来ました。常に課題と向き合う事で、何をすべきかを悩む必要はなかったと思います。また学生の時は、県外の学校のレベルは非常に高く、入学時には我々と県外の学生の基礎学力において大きな差がありました。しかし3年の学院生活により、長期実習にて県外へ出た際にも臆する事無く実習を受ける事が出来たのではないかと思います。日本トップレベルの学校の実習生と実習を共にしましたが、決して劣る事はなかったと自負しております。厳しくも温かく御指導下さった先生方には今でも頭が上がりません。本当に感謝しています。


    | 卒業生からのメッセージ | 11:20 | - | - | - | - |
    国立大学への編入
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       沖縄リハビリテーション福祉学院のパンフレットにも掲載しておりますが、本校を卒業後そのまま国立大学の医学部保健学科に編入することができます。今回はそのような編入体験者の声を紹介しましょう。
       紹介してくれるのは理学療法学科昼間部第九期卒業の大城貞則さんです。彼は沖縄リハビリテーション福祉学院卒業後、鹿児島大学理学療法学科卒業、そのまま研究を進めるためにさらに公立(旧北海道立)札幌医科大学大学院に進学し修士号を獲得しています。

       沖縄から鹿大医学部さらに札幌医科大学へ

           中野整形外科医院 リハビリテーション科 大城 貞則

      1.大学への編入志望動機
      学生の頃,運動器疾患の理学療法に興味を抱き,その根本である炎症について書籍を通して学んだが細胞・分子レベルの内容においては書籍だけでは今ひとつイメージできずそのため悶々とした日々が続いていた。そんな折,大学への編入制度のお話を伺った。大学では,専門学校ではできない高度な基礎研究ができると聞き,その頃理解が不十分であり更に詳しく学びたいと考えていた炎症について研究を通じて詳しく学べるのではと考え大学編入学を決意した。

      2.大学生活
       私は,鹿児島大学医学部保健学科3年次へ編入学となった。専門学校での単位が比較的認められ学士号取得に必要な単位数は一般教養,専門科目と合せて40単位弱であったため終日講義が詰まっているという日はなく,比較的余裕をもって講義を履修することができた。講義履修に余裕があるため,空いた時間は病院で非常勤として勤務し,また本来の目的である炎症に関連した基礎研究へ時間を費やすことができた。私は,大学では主に関節リウマチを研究テーマとして扱っている病理医の教授のゼミに入れていただき関節リウマチの滑膜が細胞レベルでどのように炎症に関わっているかについて研究テーマを頂いて研究をさせて頂いた。その時の経験は,大学でしか行うことのできない大変貴重な経験をさせて頂き,また炎症について理解を深めることができた。 

      3.大学院志望動機
      大学卒業後,常勤として整形外科クリニックへ勤務した。私が勤務したクリニックは無床診療所のため保存的理学療法でいかに運動器疾患を呈している患者さんの疼痛及び機能障害を改善するかに焦点がおかれていた。その環境で日々業務を行う中で自分の知識,技術の乏しさを改めて痛感させられた。その為,積極的に講習会などに参加し知識,技術の研鑽に努めた。そんな折,徒手療法の講習会に参加した際,講師としていらっしゃっていた札幌医科大学の教授に今現在の私の臨床における悩み,疑問点などを相談させて頂いた。その際,その教授の大学では大学院に当時,研究科に日本では唯一であった徒手療法学を専門に研究し学ぶ分野があるということを伺い,直ぐにその教授の下で学ぶべく大学院進学を決意した。大学院では徒手療法学を始め臨床研究に必須の統計,方法論など学部時代よりもより詳細に学ぶことができた。私の主論文のテーマは頚椎と顎関節の関係について研究し,また副論文として実際の解剖体を使用させて頂き徒手療法関係の研究をさせて頂いた。その為,論文を書き上げるために刻苦勉励したがそれ以上のものが得られたと確信している。

      4.これから理学療法士となる方々へ
      これから理学療法士過密時代が確実に到来する。理学療法士の資格を持っているだけでは自らが希望する職場,その他環境への道は厳しくなってくるもの思われる。その道を手繰り寄せる為には傑出した理学療法士にならなければならない。その為には,知識・技術の研鑽は不可避であり,そこで得られたものは患者さんを診れる理学療法士へと成長させ,また患者さんから選ばれる理学療法士になるともの思われる。そのような理学療法士は,過密時代が到来しても自らの進退に対し選択権をもった理学療法士として活躍できるのではないでしょうか。

      | 卒業生からのメッセージ | 18:32 | - | - | - | - |
      比嘉千亜希(平成18年度卒業 夜間部1期生 与那原中央病院勤務)
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         私が学院に入学した理由は、私が目標とする理学療法士の先生が在籍していた事、また、人の為に自分が何かできる仕事に就きたいと思い、決意しました。
         学院生活は、想像以上の厳しさを実感しました。テスト、課題の嵐の中、クラスメイトと近くのジェフ、マックで遅くまで起き目をこすりながら勉強したことが、つい最近の事のようによみがえります。
          ただ、苦しいきついことだけではなく、学園祭、学院全体での飲み会や球技大会、ビーチパーティ、ペンションなど、クラスメイトとフルマラソンに挑戦したことも学院生活の楽しい思い出となりました。

         現在就職した病院は、学生中にリハビリ助手としてお世話になった病院です。先輩方は優しく勉強しやすい環境の病院です。入社して、理学療法士と助手の仕事の違いに驚きました。まず、違いとしては、一番感じるのが責任の重さです。一人一人の患者様を退院させるまでの過程や治療、退院後の事など考える事いっぱいです。また、教科書通りの患者様はいません。だから、その都度勉強して原因を追究し、治療していかないといけません。大変ではありますが、学生の時より楽しいです。これからも患者様の為に努めていきたいと思います。
        | 卒業生からのメッセージ | 15:48 | - | - | - | - |
        大城光(平成18年度卒業 夜間部1期生 与那原中央病院勤務)
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          高校生の時、部活動で校外を走る度に沖縄リハビリテーション福祉学院前を通っていました。その当時は理学療法士という職業を知らず、教師を目指していました。
          理学療法士を志したきっかけは、高校時代の部活中に膝を怪我し、整形外科病院に通い、リハビリを受けたことでした。高校2年生の冬に進路変更し沖リハ学院入学を目指そうと思ったのですが、部活一筋でろくに勉強もしていなかったので、前期試験、後期試験ともに一次試験で不合格となりました。来年受けるしかないと諦めていた時に、夜間部併設という話を耳に挟んだため、これにかけようと死ぬ物狂いで勉強をしました。その結果、晴れて理学療法学科夜間部1期生として入学することができました。
          噂には厳しいと聞いていたのですが、扉を開くと予想をはるかに超えるものでした。入学試験で死ぬ物狂いという勉強はほんの数ヵ月で覆されました。来る日も来る日も勉強で、学校辞めたいと思ったことは何度もありました。また、実習中はレポートに追われ、睡眠時間を削られ、精神的にまいったことも多々ありました。あと、卒試、国試はやばかったです。どんだけぇ〜って感じでした。そこまで思っていたのに無事、乗り越えられたのは、同じ環境で苦しみを共にしたクラスメートの存在でした。一人の力ではどうにもならない場合があっても、皆で協力しあえば、1+1=2以上で∞の可能性を秘めていることを知らされました。まさにチーム医療です!!
          こんなことばかり書くと入学する人減ると思うので…。楽しいこともたくさんあります。球技大会、飲み会、飲み会。人生楽ありゃ苦もあるのですよ。だって、人生はイーブンパーですから。
          そんなこんなで無事国家試験も合格し、PTとして与那原中央病院に就職させていただきました。環境も良く、上司にも恵まれ、正直学生時代より楽しいです。しかし、学生時代と違うのは責任の重さです。国家試験にも合格しているので、患者様からは1年目も10年目も関係ないと思いません。プロとして見られているのです。責任というプレッシャーを背負い、PTとして働くには予想以上の負担があり、学生時代以上に勉強しなければならないと、実際現場に出て感じています。しかし、それは当たり前であって、患者様に対して最大限の努力をすること。全く苦しくはありません。
          だって、患者様の笑顔が見たいから。
          | 卒業生からのメッセージ | 15:41 | - | - | - | - |